大分県 八幡竈門神社 鬼滅の刃の聖地と呼ばれる神社への参拝レポート

大分県にある八幡竈門神社へ参拝してきてきたのでご紹介しよう。

本神社は「鬼滅の刃」の聖地としてファンの間では人気のあるスポットだ。

駐車場に停まっている車も(私を含め)県外ナンバーが多かった。

八幡竈門神社参拝レポート

まずは基本情報からご紹介

基本情報

住所 〒874-0011 大分県別府市大字内竈1900番地
連絡先 0977-66-1633
駐車場 あり 70台 無料。

※神社まで登る坂道があるのだが、比較的狭い山道を運転して登ることになる為、

運転にある程度自信がある人が運転していったほうがいいかもしれない。

御由緒

以下、ホームページより引用。

仁徳天皇(在位312-399年)御宇のとき曰く、日本武尊および神功皇后(200年頃説)が西征のとき豊後州速見郡竈門荘亀山に行宮(天皇行幸の仮宮)を造る。このとき国常立尊、天照大御神を始め三十三神を奉斎する。
次に聖武天皇(在位724-749年)の御宇、神亀四年(727年)三月十五日豊前国宇佐より仲哀天皇、応神天皇の神霊が竈門荘宝城峯に降臨する。山麓において大神諸男と大神豊永(竈門宮宮司)が相議し、御越山に遷座奉る。既にして亀山の桜樹の枝上に現れる。再び竈門宮に奉斎する(例大祭桜会祭の紀元)。併せて三十五神となる。既に竈門宮と称す。
次いで淳和天皇(在位823-833年)の御宇、天長三年(826年)宇佐より神功皇后の神霊を迎え、併せて三十六神となる。このときより八幡竈門宮と称する。

参拝

▲駐車場よりすぐの場所に鳥居がある。

▲手水舎。

▲亀の口から水が流れている。

▲社務所にも鬼滅の刃のポスターが貼られていた。

また、境内にて禰豆子や伊之介のコスチュームを着ているお子様の写真も貼られていた。お守り等は販売されているが、鬼滅の刃のキャラクターもののグッズ等は見当たらなかった。

境内はそんなに広くなく、歩いて回るにはちょうどいい広さ。

▲本殿。早速参拝する。

▲お賽銭を入れるところに、鬼滅の刃のキャラクターと龍の技の写真が置かれている。天井絵に龍の絵が描いてあるのだが、こちらをモデルにしたのでは、というものだろう。

▲天井に描いてある龍の絵。実際には写真では伝えきれない迫力が漂う。

▲御神亀(開運なで亀)

以下ホームページより引用

当社八幡竈門神社は神亀四年(727年)の創建で1280年以上の歴史があり、境内地も大字内竈字亀山と呼ばれ亀山という山の上に社殿が建っております。又、亀川地域の名前の由来となる亀川白亀伝説には当時飢餓、飢饉が続いていた最中、西国(現在の亀川)より白亀が見つかり、朝廷に献上したところ大変喜ばれ天下の瑞祥吉兆であると、朝廷は白亀をかえした後、年号を嘉祥(848-851年)に改めたと伝えられ、以後飢餓、飢饉も収まり国が安定したされています。亀川中央町(亀の甲広場)には伝説の白亀塚も現存しています。亀は幸運の兆しの象徴でもあり、御神亀は毎年最も縁起の良い方角(恵方)を向き撫で拝み頂き開運、繁栄、健康、長寿等様々な御祈願をして頂くことで願い事を叶えて下さることでしょう。

また、今回は写真には取り忘れたものの、鬼が造った九十九段の階段がある。

 

▲絵馬。鬼滅の刃のキャラクターが描かれた大量の絵馬が並ぶ。

皆、とても上手に描けている。

 

まとめ

神社自体は静かな雰囲気で、広さもちょうどよく参拝することが出来た。

やはり鬼滅の刃の影響もあってか、お子様連れの参拝者も多く目立った。

私は平日の参拝をしたので、参拝者は少なかったが、休日は混雑が予想されるかもしれない。

個人的には龍の天井絵が見れたことが非常に印象に残った。

現住所より距離がある為、定期的な参拝は難しいが、また機会があれば参拝したいと思う。

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