
「自分は自分、他人は他人」
私はこの考え方が好きだし、自分自身に妙にしっくりくる。
他人に興味が全くないというわけでは無く、「他人は他人で尊重している」ということだ。
他人のプライベートには執拗に深入りすることは無いし、極論を言ってしまえば知ったこっちゃない。
ただ、仲間が困ってたり、話を聞いて自分がサポート出来ることであれば、協力できることは協力するスタンスは持っている。
かつて他人の人格を否定する上司に当たったことがある。
つまり私の人格をものの見事に否定してきたわけである。
飲んでいるコーヒーの味にまでケチをつけてくる始末だった。
ただ単に組織上立場が上というだけで、私に言わせればただの「イケてないおっさん」である。
そんな人が、人の人格を否定する資格があるのだろうか?
少なくとも私はその人の事を当初は「きっと大変なんだろうな」と思い、出来る限りのサポートをし、その人を部下という視点からもマネジメントしていた。
ただ、最終的には仕事面でも人間としても激しく軽蔑していたし、こちらから縁を切らせて頂いた。
案の定、組織内でも嫌われていたし、誰も近寄ろうともしてなかった。
今思えば「かわいそうな人だったんだな」と本気で同情しているけど、少なくとも他者人格否定の考え方を変えない限りは、今後もそのまま誰からも愛されることなく末路を迎えることだろう。

私は全てにおいて「自分が正しい」とは思わない。
ただ、カッコつける自分がいることも自分だと思っているし、
クールでスタイリッシュなものが好きなことも自分だと思っているし、
変に好かれようと他人に迎合することもない自分がいるし、
性格が温厚である部分も自分だと思っているし…。
かといって、私の考えに反しているからといって他人を否定することは無い。
(もちろん、人に迷惑を掛けないことが前提ではあるが。)
距離を置いたりすることがあるかもしれないが、他人の人格否定まではしない。
その人はその人で、今までの過去があり形成されたものだろう。
ファッションに興味が無いのであれば、無いでいいと思うし、
小心者だからマウンティングしたがる人もいるだろうし、
組織という「型」にはめようとして人生訓という名のマインドコントロールする人もいるだろうし…
人それぞれだ。
話聞いていて「大きなお世話」だと思うレベルだったら無視したらいい。
変な勧誘だと思うくらいでちょうどいいのかもしれない。
変に仲間作りたがるヤツいるもんね。
「自分は自分、他人は他人」
このスタンスは変えずに、今後も自分軸を大切にしながら人生を邁進をしていきたいと思っている。
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