団体行動が苦手だった私の懐かしい思い出

団体行動が苦手だった私の懐かしい思い出

「団体行動」これが私にとってはものすごく苦手な科目の一つだった。

今でも忘れない幼稚園の年長組の頃、お遊戯会を一人ボイコットしたのだ。

「みんなで楽しく踊りましょう!」というようなテーマのもと、皆バトンを片手にくるくる回しながら行列を作り、校庭でみんなで踊るといった内容のものだったが、どうも参加する気にならなかった。

「みんなと一緒に踊る」このことに、何の価値も見いだせなかったし、くだらないと思ったのが拒否の原因だ。

教員や親は「やりましょう」と必死に誘ったが、当時の私は頑なに拒否した。

最初は「やりましょう」だった教員や親も、「やりなさい」の怒りに変わり、最後は「ダンスが覚えられないのか」という原因究明に発展。

遂には僕のストレートな理由「くだらないから」の一点張りの主張に教員も親も折れて、私の一人ボイコットは成功した。

その代わり皆が踊りの練習をしているその時間、一人で校庭にあった雑草と生息していた昆虫の研究に没頭することになったことを記憶している。4~5歳の頃の話だ。

幼稚園の頃はそれで済んだが、年齢が上がると共にそれでは通用せず運動会などには参加したが、それもかなりイヤイヤの参加で覚えが非常に悪かった。

大人になった今でも、それは変わらない。

三つ子の魂百までとはよく言ったものだ。

 

仕事でのチームプレーに対して、支障がでることは無いが(きちんと個としての役割は果たすし、場の空気も読めるタイプなので)目的がない飲み会などへの参加、何の生産性もない二次会などへなだれ込みスナックでカラオケを歌うといった慣習にはどうも慣れない。

どうしてヒトはあんなに群れを作りたがるのか。

ピラニアと同じで臆病な性格だから故に、群れを作りたがるのだろうか。

目的があって集まるのはいいのだが、無意味に群れるのはやはり自分の細胞が拒否反応を示すのだ。

もちろん人間は一人では生きていけない。誰かと支え合いながら社会の中で生きていることは事実であり、避けられないことだ。

「ただ、メェメェと徒党を組んで」ということが私には性に合わないのである。

これからも、自分の「個」という部分は大切にして光らせながら、社会の一員として役割を果たしつつ、生きて行こうと思う。

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